【愛媛県伊予市】双海のシンボル本尊山(ほぞんさん)
2025.03.31
山頂には中世の城跡が残る本尊山(ほぞんさん)
伊予市双海町上灘の北西部にあり、昔からこの地域のシンボルでも あるのが、今回ご紹介する本尊山です。標高は187m。双海シー サイド公園に訪れたことがある方ならば、 一度は目にしているであろう特徴的な山ですよね。
先日、テレビのロケでご一緒した、南海放送のえがわさゆりさん“ 激推しの山“ということで、 今回初めて訪れてみることにしました。
登山の出発地点は麓にある天一稲荷神社。 この石段の中ごろに本尊山への案内板があります。
途中、ファンタジーのような狭い道もあります。 地域の方が年に数回草刈りされるそうですが、 この景色がいわゆる“映えスポット“であることから、 この道だけは手を入れずそのままにしてあるんだそうです。
ところどころ急斜面もあって、ロープが張られています。 石鎚山の鎖場のようですね。
山頂付近には、天空の鳥居が立っていて、中世に建てられた由並本 尊城の城跡も残っています。この城には、鎌倉幕府御家人であり、 元寇の役で活躍した伊予水軍の将・河野通有の孫、 徳能六左衛門通時が、建武2年(1335)に城主となり、 数年がかりで築城したと伝えられています。天正8年(1580) 、長宗我部軍によって落城してしまいましたが、山の稜線上にもい くつも郭跡が残っていて、かなり立派な山城だったようです。
山頂からはほぼ360度のパノラマで、眼下に広がる伊予灘のロケ ーションは抜群です。ちなみに本尊山山頂までは、 麓の天一稲荷神社から約40分です。途中、 少し斜面が急で狭い箇所もあったりしますが、 スニーカーでも登ることができました。
河川工事や道路工事に使われた石切り場
さて本尊山の麓には、石切り場の跡が残っています。明治時代から 昭和初期ごろにいたるまで約60年もの間、採掘されていたんだそ うです。ここで採掘される石は、規則性のある割れ目をもつ柱状節 理が発達した安山岩で、割り石として使用されたり、河川工事や道 路工事にもよく使われていたとのこと。近くにある由並小学校の石 垣も、ここで採掘された石が使われています。
本尊山麓の石材を使った由並小学校の石垣
かつては700人を超える児童で手狭となったことから、昭和2年 (1927)の改築に伴って、敷地の拡張を行った際に築かれたの がこの石垣です。やはり本尊山麓の石が使われていて、 この美しさは近代遺産と呼んで差し支えないでしょうね。
由並小学校のクスノキ
昭和5年(1930)創立時からの校樹だそうで、高さは11m。 まるで校庭を見守るかのように、斜め上へと広がっていますね。 たくさんの子どもたちがこの木陰で憩い、 巣立っていったのでしょう。
日露戦捷(せんしょう)記念碑
こちらも由並小学校の石垣にある記念碑です。書は四国の師団長だ った陸軍中将・土屋光春のものです。碑の横面と裏面には144名 の従軍者氏名が刻まれています。
美しい景色を見せる灘町の鉄橋
また麓には、長さ134m、上灘川を跨ぐJR予讃線鉄橋がありま す。昭和7年(1932)の開通当時の姿を今に残しています。鉄 橋の近くを歩けば、そびえ立つ本尊山と、鉄橋の額縁で一枚の写真 に収めることができますよ。見る場所を少し変えるだけで、さまざ まな表情を楽しむことができますね。
おわりに
上灘川の右岸に聳える本尊山。廃城後400年以上が経過していま すが、その威容は全く色褪せることはありません。まさにこの地域 のシンボルです。そしてこの山の麓の石を使った由並小学校の石垣 に、校庭のクスノキ、風情のある鉄橋・・・伊予市双海は、 JR下灘駅だけじゃありませんよ!ぜひ、 愛媛県伊予市双海の本尊山へお越しください!
記事投稿者:かず
ひめ旅部のかずです。生まれも育ちも愛媛県は伊予市。「伊予の本気」をお届けできるよう県内各地に出没中です。ひめ旅部の記事をきっかけに、カメラを持ってお出かけしていただけると嬉しいです!きっと、あなたの知らない愛媛が待っている?!